大数の名前について

調査編

大数の名前について調査した結果について記す。

現在、辞書などで紹介されている数の名前の代表的なものを下記に示す。

一 十 百 千 万 億 兆 京 垓 禾|弟4906 穰 溝 澗 正 載 極 恒河沙 阿僧祇 那由他 不可思議 無量大数

値としては、万までは10倍づつ、万以上恒河沙までは万進、恒河沙以上無量大数までは万万進となる。

百科事典26,27,28,29)では、根拠として塵劫記を引用する。ところが、単位の辞典1)にまとめてあるように、塵劫記も版により変化がある。さらに、塵劫記では、「禾|弟4906」ではなく「禾|予」の字を使っている。この問題については、後述する。

江戸時代以前の本も含めて調査した結果を下記に示す。値は10に対する乗数である。
万までは全て同一である。万以上は1桁づつ増加する場合(下數)と、4桁または8桁づつ増加する場合(中數)、それまでに表わせられない数が出て初めて新たな位となるもの(上數)がある。

名前からの分類

一・十・百・千・万・億・兆・京・垓・禾|弟4906・穰・溝・澗・正・載・極・恒河沙・阿僧祇・那由他・不可思議・無量大数

この組み合わせが現在最も一般に流布されているものである。しかし、この通りになっている江戸以前の書籍は見つけることができなかった。百科事典では塵劫記(寛永8年)を引用しているので、塵劫記で作成してしまった禾|予禾|弟4906に変更して作成したものであると思われる。

一・十・百・千・万・億・兆・經・垓/(女亥2534)・補・穰・壌・選・載・極

太平御覧の引用するところの風俗通、および、国語の記述がこの類である。案ずるに、古い形か、一地方の形であろう。

一・十・百・千・万・億・兆・京・垓・禾|弟4906・穰・壌・溝・澗・正・載

數術記遺、孫子算経とその系列は、はこの形である。「載」を最大の数とする。

一・十・百・千・万・億・兆・京・垓・禾|弟4906・穰・壌・溝・澗・正・載・極

前記の例に「極」が追加されたものである。風俗通を元としているが太平御覧が引用しているのとは違う。

一・十・百・千・万・億・兆・京・禾|弟4906・垓・穰・溝・澗・正・載・極

垓と禾|弟4906が入れ替わっているものである。この入れ替わりは風俗通の記述に拠ると思われる。

一・十・百・千・万・億・兆・京・禾|弟4906・垓・穰・澗・正・載・極

これも、入れ替わりがあるものであり、さらに、溝が欠けているものである。これも風俗通を根拠としている。

一・十・百・千・万・億・兆・京・經・垓・禾|弟4906・穰・溝・澗・正・載・極・恒河沙・阿僧[禾|氏]・那由他・不可思議・無量數

算法統宗の記述である。塵劫記は算法統宗を元としているとなってるが、無量数/無量大数の所に相違がある。算學啓蒙もこれとほぼ同一である。また、阿僧祇の祇を[禾|氏]に作る。

一・十・百・千・万・億・兆・京・垓・禾|予・穰・溝・澗・正・載・極・恒河沙・阿僧祇・那由他・不可思議・無量・大数

塵劫記の宝暦本の記述である。宝暦本を見ることができなかったので孫引きになるが、再版を続けていく間に無量大数が分離したということである。狩野文庫所蔵の塵劫記の色々な版の物を見ると、一番多いのがこの形である。

禾|予 「し」もしくは「じょ」について

この字は、「禾|弟4906」「禾|朿」「禾|(丿/巾)」「禾|予」「禾|市」といくつかの書き方をされてます。また、その読み方も「し」であったり「じょ」であったりと一定ではありません。

以下は早稲田大学の狩野さんの調査結果です。

異本の多い(国書総目録には4ページにもわたって載っている)本ですから、
とても全部調べることはできません。最初の寛永四年版(後の版でも序文
には「寛永四年」とあるのであまり信用できないそうですが)二冊(一冊は
定説で「一番古い版本」となっている日大所蔵本の写真版)の塵刧記と、
寛永十八年版の「新編(篇)塵刧記」二冊を参照しました。

寛永十八年版の一冊を除いて、ほぼ同じ行書体で書かれていました。
へんは禾の末画を欠いた形で、つくりはゝのような形の点の下に、予の
行書体に近い字が書かれた形でした。この点がいつの間にか抜け落ちたの
かも知れません。

寛永十八年版の一冊では、禾が省略されず書かれており、つくりの上部が
点ではなく「¬」のようになっていて、"予"の上部と「コ」の形をなして
います。そして最後の画が単なる縦棒ではなく、

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           *
           *

という形になっていました。最後の左払いを表そうとした意図があったの
ではないかと思います。(筆順から見ると変な崩し方ですが、これが
崩し字の常識から見て変なのかどうか、私には分かりません)

ちなみに、縦画は四つの例どれをみても上から突き抜けてはいませんでした。

もしきっちりと時代を追って調査するのでしたら、まず、塵劫記の書誌学的
研究成果を参照する必要があると思います。
以下は京都大学の安岡さんの調査結果です。補助漢字の部分を禾|弟4906に変更しました。

 とりあえず私の手元にあるものでは「寛永20年、西村又左衛門開板」
の影印本(師尾さんのと同じ?)には「ちよ」のふりがながあり、そ
れ以前の「寛永11年小型4巻本」「寛永8年大型3巻本」にはふりが
なはありません。なお岩波文庫版は「寛永20年版」を元にしており、
「禾予」という活字の横に「ぢよ」というふりがなが打ってあります。
ただし岩波文庫版でも「漢文序」では「禾|弟4906」が用いられており、その
旨の注記もあります。
今回、東北大学所蔵の狩野文庫のマイクロフィルムを慶応大学で見せてもらうことができました。その結果、当該文庫所蔵の各文字が使われている文件数を下記に示します。

禾|弟49061
禾|市1
禾|(丿/巾)2
禾|予48

結局禾|弟4906禾|(丿/巾)禾|朿に書き、さらに行書で版にする過程で生じた間違いが固定されて「禾|予」となった と思われます。

風俗通義の事

いくつかの本では出典として風俗通義を引用している。風俗通義には「論數」という篇があったが現在の版にはない。大平御覽廣韻に引用されているのが残っているのみである。 従って、貝原益軒をはじめとして、江戸時代に出された本で風俗通義を引用しているのは上記2つの本の孫引きであることがわかる。どちらを孫引きしているかは極があるのが太平御覧、極がないのが廣韻である。

恒河沙以上の事

この仏典に由来する数も色々異同があるが、まだ調査していない。

無量大数か、無量、大数か

塵劫記の宝暦本(1751)から始まった記述であるといわれているが、宝暦本を確認していない。ただし、寛文11年、延寶3年の新編塵劫記ですでに無量、大数に分離している。

まだ行っていない調査

下記の文献の記述の調査
  1. 塵劫記(寛永4年)
  2. 塵劫記宝暦本
  3. 敦煌出土算経一巻
  4. 早稲田大学所蔵小倉文庫

小数の名前

塵劫記10)
兩、文、厘、毫、絲、忽、微、纎、沙、塵、埃
竪亥録11)
分、((鶩-鳥)/厘)、毫、絲、忽、微、纎、眇、塵、埃
竪亥録仮名抄には、「是は小乗の小数とていつれも十分一つつにさか る数なり、これにも大乗の数あり又埃より下にも小数あまたありくは しくは算法圖解にしるすなり」とあります。
重訂算法統宗8)
分、釐*4、毫*5、絲、忽、微、纎*6、沙、塵、城渺漠糢糊□□須臾舜息 弾指□那六徳虚空清争◯雖有此虚而無實公私亦不用
*4 ((牙|攵)/厘)
*5 (一/(毫-亠))
*6 (韮-艸)を隹に作る
原本直指(算5015)法統宗7)
分、釐*7、毫、絲*8、忽、微、纎、沙、塵、城渺漠糢糊逡巡須臾舜息弾 指刹那六徳虚空清浄◯雖有此虚而無實公私亦不用
*7 ((牙|攵)/厘)
*8 (糸|系)
新編直指算法統宗6)
分、釐、毫、絲、忽、微、纎、沙、塵、城渺漠糢糊逡(廴<?Y)須臾舜息 彈指刹那六徳虚空清浄◯雖有此虚而無實公私亦不用
算学啓蒙9)
小数之類、一、分、釐、毫、絲、忽、微、繊、沙、万万塵曰沙、万万埃 曰塵、万万渺曰埃、万万漠曰渺、万万模糊曰漠、万万逡巡曰模糊、万 万須臾曰逡巡、万万瞬息曰須臾、万万弾指曰瞬息、万万刹那曰弾指、 万万六徳曰刹那、万万虚曰六徳、万万空曰虚、万万清曰空、万万浄曰 清、千万浄、百万浄、十万浄、万浄、千浄、百浄、十浄、浄
単位の辞典1)
分、釐*9、毫、絲、忽、微、繊、沙、塵、埃、渺、漠、模糊、逡巡、須 臾、瞬息、弾指、殺那、六徳、虚、空、清、浄
*9 ((禾|攵)/厘)
単位の辞典には「算法統宗では沙以下は万万進」とありますが、今回 の調査ではそのような記述はありませんでした。おそらく算学啓蒙の 間違いだと思われます。
以下は大漢和辞典の記述です。

分、十釐爲分「算經、小數」
むぎ 釐、數名、與((未|攵)尾)同、十毫曰釐、十釐曰分「正字通」
ごう 細い毛 十絲曰毫、十毫曰釐「謝察微算經」
生糸 絲、又一蠶爲忽、十忽爲絲「廣韻」
分粟累黍、量絲數籥「(广<臾2846)信、爲晉陽公進玉律秤尺表」
分・釐・毫・絲・忽・微「算法統宗、小數」
こつ 一匹の蚕が吐き出す糸 忽、一蠶爲一忽、十忽爲一絲「廣韻」
間不容((環-玉)|羽5338)忽「史記、太史公自序」正義曰、忽一蠶口出絲也「注」
無有忽微「漢書、律歴志上」師古曰、忽微、若有若無、細於髪者也「注」
造計秒忽「漢書、敍傳下」師古曰、忽、蜘蛛網細者也「注」
忽、十微、微十纖「察微算經」
せん 分・釐・毫・絲・忽・微・纖・沙・塵・埃「算法統宗、小數」
しゃ 十塵爲沙、十沙爲纖「謝察微算經」
じん 纖十沙、沙十塵「算經」
あい 十渺爲埃、十埃爲塵「九數通考」
びょう 十漠爲渺、十渺爲埃「算經」
ばく なし。清い、澄むの意あり
模糊 もこ はっきりしない様子、糢糊は俗 模糊、不分明貌「古今類書纂要、人事部四」
逡巡 しゅんじゅん 次第に後に下がる、後込みをする
須臾 しゅゆ 少(心|曷3030)謂之須臾、因謂時不久曰須臾「説文解字注箋」
須臾、乞沙拏「梵語雜名」
瞬息 しゅんそく 一度の瞬きと息 一人之禁、無過瞬息「司馬法、嚴位」
瞬息到無色界「優婆塞戒經」
彈指 だんし 指を一度弾く時間 度百千劫、猶如彈指「維摩經」
僧祇云、二十念爲瞬、二十瞬爲彈指「戒經、二下」
刹那 せつな Ksanaの音訳、大人が一度指を弾く時間の1/65,1/90,1/60 時之極少者、名刹那「倶舎論、十二」
六徳 りっとく なし

謝辞
早稲田大学図書館所蔵の算法統宗のコピーをお送りいただいた早稲田大学の狩野宏樹氏に感謝します。東北大学所蔵の狩野文庫のマイクロフィルムを見せていただいた慶応大学図書館と、仲介の労を取っていただいた伊勢原市立図書館に感謝いたします。
このページで使用している補助漢字のフォントは 漢字袋 のデータを, 補助漢字にない字は eKanji のデータを使用させて頂きました。各データの作成に感謝致します。
また, kanjiメーリングリストの参加者から多くの協力を得ました事を記して, 謝辞と致します。

表に間違いがありましたので修正しました。(2000.8.14)

もし、他にも間違いがありましたらお知らせ下さい。


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