まず、手元にあった「単位の辞典」です。
寛永11年 | 寛永8年 | 寛永4年 | 算法統宗 | 中国の古単位 | |
十 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 |
百 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 |
千 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 |
万 | 4 | 4 | 4 | 4 | 4 |
億 | 8 | 8 | 5 | 8 | 8 |
兆 | 12 | 12 | 6 | 16 | 16 |
京 | 16 | 16 | 7 | 24 | 32 |
垓 | 20 | 20 | 8 | 32 | 64 |
*1 | 24 | 24 | 9 | 40 | 128 |
穰 (壌) | 28 | 28 | 10 | 48 | 256 |
溝 | 32 | 32 | 11 | 56 | 512 |
澗 | 36 | 36 | 12 | 64 | 1024 |
正 | 40 | 40 | 13 | 72 | 2048 |
載 | 44 | 44 | 14 | 80 | 5096<-4096の間違い? |
極 | 48 | 48 | 15 | 88 | 10192<-8192の間違い? |
恒河沙 | 52 | 56 | 23 | 96 | |
阿僧祇 | 56 | 64 | 31 | 104 | |
那由他 | 60 | 72 | 39 | 112 | |
不可思議 | 64 | 80 | 47 | 120 | |
無量大数 | 68 | 88 |
塵劫記とほぼ同時期に成立した竪亥録(1639)では、
一 十 百 千 萬 億 兆 京 垓 *1 壌 溝 澗 正 載 極
を載せ、10倍づつの小乗の数、万倍づつの大乗の数の2つを載せています。
文献11pp38の影印では、*1の字は禾に朿の右の引っぱりが無い字を用いていま
す。澗の字はpp39では月ですが、pp76, pp87, pp89では日を用いています。な
お、竪亥録は完全な版が無く、今回参考にしたのは「竪亥録仮名抄」萬治庚子
(1660)の序があるものです。
それぞれについて大漢和辞典で引いてみました。
十 | 全部、完全の意 一爲東西、|爲南北、則四方中央備矣「説文」 |
百 |
99の次が元に戻って白となり、それに一を加えたもの 从一白數、十十爲一百、百、白也「説文」 |
千 | 千、十百也「説文」 |
万 | 万、廣韻、十千爲万、通作萬。「韻會小補」 万、今俗、借萬爲卍「正字通」 |
億 | 算法、億之數有大小二法、小數以十爲等、十萬爲億、大數以萬爲等、萬萬
爲億也。「禮、内則、降徳于衆兆民、疏」 西方有四種億、一、十萬爲億、二、百萬爲億、三、千萬爲億、四、萬萬爲億、今瑜伽顯揚、百萬爲億、華嚴、千萬爲億、智度論、十萬爲億。「瑜伽略纂」 |
兆 | 亀卜の割れ目が多い様 十億曰兆。「書、五子之歌、傳」 萬億曰兆。「禮、内則、降徳于衆兆民、注」 兆、在億*1之間。「禮、内則、降徳于衆兆民、疏」 |
京 | 風俗通、論數云、十億曰兆、十兆曰京、十京曰垓。「大平御覽、工藝、數」 |
垓 | 広い広い土地 風俗通、論數云、十億曰兆、十兆曰京、十京曰垓。「大平御覽、工藝、數」 千萬億・兆・京・垓「算法統宗、大數」 |
*1 | *1、一曰、數億至萬曰*1「説文」 數萬至萬曰億、數億至億曰*1「詩、周頌、豐年、傳」 *1(萬萬垓)「算法統宗、大數」 |
壌溝澗正載 | 黄帝爲法數、有十等、及其用也、乃有三焉、十等者、億・兆・京・垓・*1・壌・溝・澗(日ではなく月)・正・載、三等者、謂上・中・下也「數術記遺」 |
極 | 大数の名前としての記載なし |
恒河沙 | 恒河[ガンジス河]の砂の数「智度論」 |
阿僧祇 | Asamkhya 阿は無、僧祇は数 |
那由他 | 那由多 Nayuta 千億に当たる 那由多者、十億爲洛叉、十洛叉爲倶胝、十倶胝爲那由多「金剛經、新注」 |
不可思議 | 大数の名前としての記載なし |
無量大数 | 大数の名前としての記載なし 宝暦本では、無量と大數に分けている。 |
黄帝爲法數、有十等、及其用也、乃有三焉、十等者、億兆京垓*1壌溝澗正載、
三等者、謂上中下也。其下數者、十十變之若言十萬曰億、十億曰兆、十兆曰京
也。中數者、萬萬變之若言萬萬曰億、萬萬億曰兆、萬萬兆曰京也。上數者數窮
則變若言萬萬曰億、億億曰兆、兆兆曰京也。
「數術記遺 學津討原/説郛」
風俗通曰、十十謂之百、十百謂之千、十千謂之萬、十萬謂之億、十億謂之兆、
十兆謂之經、十經謂之垓、十垓謂之補、十補謂之選、十選謂之載、十載謂之極。
一行(算5015)法曰萬萬穣爲載數之極矣。
「大平御覽 七百五十、工藝部、數、歙鮑崇城重校」
大數
[一]大數之始也 [十]十個爲十 [百]十個十爲百 [千]十個百爲千 [萬]十千爲萬
數之成也 [十萬] [百萬] [千萬] [億]萬萬曰億 [十億] [百億] [千億] [萬億]
[十萬億] [百萬億] [千萬億] [兆]萬萬億 [京]萬萬兆 [垓]萬萬京 [*1]萬萬垓
[穰] [冓] [澗] [正] [載] [極] [恒河沙] [阿*2祇] [那*3他] [不可思議]
[無量數] 自京垓以後世之罕用亦不可廢姑存之按孟子註其麗不億之億爲十萬誤
也。
*2 僧 新編直指算法統宗 僧 原本直指算法統宗 憎 重訂算法統宗 *3 田 新編直指算法統宗 由 原本直指算法統宗 田 重訂算法統宗
「大平御覽」では、今日では見ない大数の名前として「經」「補」「選」が 上げられてます。また、「下數」で上がっていく様になってます。もっとも、 萬萬進も使われています。これらの大数の名前がいつごろなくなったかは興味 のあるところですが、参考文献が見つかりませんでした。大平御覽が引用して いる風俗通は後漢・應劭の風俗通義です。
「算法統宗」では「穰」「冓」「無量數」が「塵劫記」と記述が違っていま す。なお、「算法統宗」は大数を図にしてある点や、ほぼ同じ記述である点な ど吉田光由が参考とした最も影響の大きい本です。
また、中国数学史から関連するところを抜粋しました。
合十数、以訓百体、出千品、具万方、計億事、在兆物、収経入、行(女亥 2534)極「国語 鄭語(前5世紀)」(中国数学史の注より)
大数の名称は、伝本《孫子算経(5世紀)》“量の起こるところ”の節では万
万を億とし,億以上の兆,京,(阜|亥7053),*1,壌,溝,澗,正,載をいず
れも十ごとに進めるが,“大数の法”の節ではいずれも万万ごとに進めており
中国数学史,pp83
元の朱世傑撰《算学啓蒙》[1299年]にいたって初めて,億,兆,京,垓,
*1,壌,溝,澗,正,載のうえに,極,恒河沙,阿僧祇,那由他,不可思議,
無量数という六つの大数の名称が加えられている
中国数学史,pp125
他に、《九章算法比類大全1450年》にも大数の記述が有るようです。
大平御覽の引用している風俗通、數術記遺の作成年代を考慮して年代順に書き 直すと、以下のようになります。
風俗通義 | 2c | 億、兆、經、垓、補、選、載、極 |
孫子算経 | 5c | 億、兆、京、(阜|亥7053)、*1、壌、溝、澗、正、載 |
數術記遺 | 6c | 億、兆、京、垓、*1、壌、溝、澗、正、載 |
算学啓蒙 | 1299 | 億、兆、京、垓、*1、壌、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量数 |
算法統宗 | 1592 | 億、兆、京、垓、*1、穰、冓、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量數 |
異本の多い(国書総目録には4ページにもわたって載っている)本ですから、 とても全部調べることはできません。最初の寛永四年版(後の版でも序文 には「寛永四年」とあるのであまり信用できないそうですが)二冊(一冊は 定説で「一番古い版本」となっている日大所蔵本の写真版)の塵刧記と、 寛永十八年版の「新編(篇)塵刧記」二冊を参照しました。 寛永十八年版の一冊を除いて、ほぼ同じ行書体で書かれていました。 へんは禾の末画を欠いた形で、つくりはゝのような形の点の下に、予の 行書体に近い字が書かれた形でした。この点がいつの間にか抜け落ちたの かも知れません。 寛永十八年版の一冊では、禾が省略されず書かれており、つくりの上部が 点ではなく「¬」のようになっていて、"予"の上部と「コ」の形をなして います。そして最後の画が単なる縦棒ではなく、 * ****** * * * * * * * * * * * * * * * * という形になっていました。最後の左払いを表そうとした意図があったの ではないかと思います。(筆順から見ると変な崩し方ですが、これが 崩し字の常識から見て変なのかどうか、私には分かりません) ちなみに、縦画は四つの例どれをみても上から突き抜けてはいませんでした。 もしきっちりと時代を追って調査するのでしたら、まず、塵劫記の書誌学的 研究成果を参照する必要があると思います。以下は京都大学の安岡さんの調査結果です。補助漢字の部分を*1に変更しました。
とりあえず私の手元にあるものでは「寛永20年、西村又左衛門開板」 の影印本(師尾さんのと同じ?)には「ちよ」のふりがながあり、そ れ以前の「寛永11年小型4巻本」「寛永8年大型3巻本」にはふりが なはありません。なお岩波文庫版は「寛永20年版」を元にしており、 「禾予」という活字の横に「ぢよ」というふりがなが打ってあります。 ただし岩波文庫版でも「漢文序」では「*1」が用いられており、その 旨の注記もあります。結局*1を行書で版にする過程で生じた間違いが固定されて「禾予」となった と思われます。
分 | 分、十釐爲分「算經、小數」 | |
釐 | むぎ | 釐、數名、與((未|攵)尾)同、十毫曰釐、十釐曰分「正字通」 |
毫 | 細い毛 | 十絲曰毫、十毫曰釐「謝察微算經」 |
絲 | 生糸 | 絲、又一蠶爲忽、十忽爲絲「廣韻」 分粟累黍、量絲數籥「(广<臾2846)信、爲晉陽公進玉律秤尺表」 分・釐・毫・絲・忽・微「算法統宗、小數」 |
忽 | 一匹の蚕が吐き出す糸 | 忽、一蠶爲一忽、十忽爲一絲「廣韻」 間不容((環-玉)|羽5338)忽「史記、太史公自序」正義曰、忽一蠶口出絲也「注」 無有忽微「漢書、律歴志上」師古曰、忽微、若有若無、細於髪者也「注」 造計秒忽「漢書、敍傳下」師古曰、忽、蜘蛛網細者也「注」 |
微 | 忽、十微、微十纖「察微算經」 | |
纖 | 分・釐・毫・絲・忽・微・纖・沙・塵・埃「算法統宗、小數」 | |
沙 | 十塵爲沙、十沙爲纖「謝察微算經」 | |
塵 | 纖十沙、沙十塵「算經」 | |
埃 | 十渺爲埃、十埃爲塵「九數通考」 | |
渺 | 十漠爲渺、十渺爲埃「算經」 | |
漠 | なし。清い、澄むの意あり | |
模糊 | はっきりしない様子、糢糊は俗 | 模糊、不分明貌「古今類書纂要、人事部四」 |
逡巡 | 次第に後に下がる、後込みをする | |
須臾 | 少(心|曷3030)謂之須臾、因謂時不久曰須臾「説文解字注箋」 須臾、乞沙拏「梵語雜名」 | |
瞬息 | 一度の瞬きと息 | 一人之禁、無過瞬息「司馬法、嚴位」 瞬息到無色界「優婆塞戒經」 |
彈指 | 指を一度弾く時間 | 度百千劫、猶如彈指「維摩經」 僧祇云、二十念爲瞬、二十瞬爲彈指「戒經、二下」 |
刹那 | Ksanaの音訳、大人が一度指を弾く時間の1/65,1/90,1/60 | 時之極少者、名刹那「倶舎論、十二」 |
六徳 | なし |